『PERFECT DAYS』を観る前に知っておきたい作品情報、音楽、ロケーション

本当に個人的な話、役所広司さんが大好きであります。
役所さんといえば、仲代達矢氏の弟子だったことで有名ですよね。
映画:素晴らしき世界の役所さんも最高でしたが、PERFECT DAYSの役所さんも最高・・・というのもこの2つの映画は少しだけリンクするところがあるんですよね。
映画としては、個人的に人生のベスト4に間違いなく入る!という傑作中の傑作で、何回もみたい、そんな映画でした。
情報を整理したのでシェアしていきながら、私なりの解釈や、解説を交えて進めていきます。

どんな映画?

『PERFECT DAYS』は、ドイツの映画監督ヴィム・ヴェンダースが、役所広司を主演に迎えて東京で撮影した2023年の映画です。

主人公は、東京・渋谷の公共トイレを清掃する平山。
映画は、彼が仕事に向かい、音楽を聴き、木々を眺め、写真を撮り、古本を読む日々を追っていきます。
大きな事件を次々に描くのではなく、よく似ていながら少しずつ異なる毎日を積み重ねていく作品です。

【ここに鑑賞したきっかけを記入】
例:役所広司のカンヌ国際映画祭・男優賞受賞をきっかけに観た/劇中音楽に興味を持った、など。

『PERFECT DAYS』基本情報
項目 内容
原題・邦題 PERFECT DAYS
製作年 2023年
日本公開 2023年12月22日
上映時間 124分
言語 日本語
監督 ヴィム・ヴェンダース
脚本 ヴィム・ヴェンダース、高崎卓馬
主演 役所広司
撮影 フランツ・ラスティグ
編集 トニ・フロッシュハマー
アスペクト比 1.33:1
日本配給 ビターズ・エンド
映倫区分 G
国際セールスを担当するThe Match Factoryの資料では、製作会社としてMASTER MIND、Spoon、Wenders Imagesが記載されています。また、本作は東京で撮影された日本語作品です。
[出典:The Match Factory「Perfect Days」](https://www.the-match-factory.com/catalogue/films/perfect-days.html)

あらすじ

東京・渋谷で公共トイレの清掃員として働く平山は、決まった手順で一日を始めます。

仕事へ向かう車内ではカセットテープを再生し、休憩時間には木漏れ日をフィルムカメラで撮影。
仕事を終えると銭湯へ行き、馴染みの店で食事を取り、部屋に戻って古本を読みます。

規則正しく静かな生活を送る平山ですが、同僚や若い女性、姪、そして過去につながる人物との出会いによって、彼の来歴や内面が少しずつ見えてきます。

このあたり、人とのつながりをみることによって、徐々に平山というキャラクターが浮き彫りになってきます。
そのグラデーションの見事なこと、本当に素晴らしい役者さんだと感じました。

主な登場人物とキャスト
平山/役所広司
渋谷区内の公共トイレを清掃している主人公。多くを語らず、音楽、文学、植物、写真を大切にしながら暮らしています。

タカシ/柄本時生
平山と一緒に働く若い清掃員。平山とは仕事に対する姿勢や生活のリズムが異なります。

ニコ/中野有紗
平山の姪。彼を訪ねてきたことで、それまで詳しく語られなかった平山の家族関係が見え始めます。

アヤ/アオイヤマダ
タカシが思いを寄せている女性。平山が所有するカセットテープに関心を示します。

ケイコ/麻生祐未
平山の妹で、ニコの母親。

ママ/石川さゆり
平山が通う店のママ。

友山/三浦友和
ママと関係のある男性。

ホームレスの男性/田中泯
平山が仕事中にたびたび目にする人物。

監督ヴィム・ヴェンダースについて
ヴィム・ヴェンダースは1945年生まれのドイツ人映画監督です。
1970年代のニュー・ジャーマン・シネマを代表する映画作家の一人として知られています。

彼の代表作には、以下のような映画があります。

『都会のアリス』(1973年)
『パリ、テキサス』(1984年)
『ベルリン・天使の詩』(1987年)
『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(1999年)
『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』(2011年)
『アランフェスの麗しき日々』(2016年)
『アンゼルム “傷ついた世界”の芸術家』(2023年)
ヴェンダースは日本映画、とりわけ小津安二郎への敬意を公言してきました。1985年には、小津をめぐるドキュメンタリー『東京画』も発表しています。

『PERFECT DAYS』の主人公が「平山」という姓なのも、小津安二郎の『東京物語』で笠智衆が演じた平山周吉を意識したものだと、ヴェンダース本人がインタビューで説明しています。
もっとも、ヴェンダースは本作について、小津映画の模倣ではなく、現代の東京を描く作品を目指したとも語っています。
[出典:Screen Slate、ヴィム・ヴェンダース・インタビュー](https://www.screenslate.com/articles/another-little-fleeting-moment-wim-wenders-perfects-days)

小津さんといえば、東京物語、私も一時期仕事で関わっていましたが、尾道の美しい情景が描かれています。
スクウェアフィックス作品としては個人的には最高峰の映画です。

舞台となった「THE TOKYO TOILET」
本作の重要な舞台となるのが、渋谷区内の公共トイレです。

これらは、日本財団が渋谷区の協力を得て実施した「THE TOKYO TOILET」プロジェクトの施設。公共トイレを、性別、年齢、障害の有無にかかわらず誰もが快適に利用できる場所へ変えていくことを目的に、渋谷区内17カ所のトイレが改修されました。

デザインには、安藤忠雄、伊東豊雄、隈研吾、坂茂、槇文彦、佐藤可士和、NIGOなど、16組の建築家・デザイナー・クリエイターが参加しています。

映画に登場するトイレはセットではなく、実際に利用されている公共施設です。作品を見る際には、平山の仕事だけでなく、それぞれの建築や周囲の都市空間にも注目できます。

[THE TOKYO TOILET公式サイト](https://tokyotoilet.jp/)

反復する日常と「木漏れ日」

平山の一日は、起床、身支度、自動販売機の缶コーヒー、車内のカセットテープ、清掃作業、昼休み、銭湯、食事、読書という行動で構成されています。

同じ手順が繰り返されますが、映画では人物との出会い、天候、音楽、光の状態などが少しずつ変化していきます。

劇中で象徴的に扱われる言葉が「木漏れ日」です。
英語には完全に一致する単語がない日本語として、エンドクレジットでも説明されます。

本作のワーキングタイトルも当初は「KOMOREBI」でした。最終的に、劇中で使われたルー・リードの楽曲「Perfect Day」から現在のタイトルが選ばれたと、ヴェンダースは話しています。

映画を構成する音楽

『PERFECT DAYS』では、新たに作曲された劇伴音楽ではなく、平山が車内や自室で実際に聴いている音楽が使われています。

公式サイトによれば、使用曲は脚本を作る段階から選ばれていました。
平山のカセットテープから流れる音楽が、場面や一日のリズムを構成しています。

主な使用曲
The Animals「The House of the Rising Sun」
The Velvet Underground「Pale Blue Eyes」
Otis Redding「(Sittin’ On) The Dock of the Bay」
Patti Smith「Redondo Beach」
The Rolling Stones「(Walkin’ Thru the) Sleepy City」
金延幸子「青い魚」
Lou Reed「Perfect Day」
The Kinks「Sunny Afternoon」
浅川マキによる「朝日のあたる家」の日本語版
Van Morrison「Brown Eyed Girl」
Nina Simone「Feeling Good」
Patrick Watson「Perfect Day」
タイトルの由来となった「Perfect Day」は、ルー・リードが1972年に発表したアルバム『Transformer』の収録曲です。

映画のサウンドトラックは、基本的に平山が作中で聴く音楽だけで構成されています。
そのため、音楽が登場人物の外側から場面を説明するのではなく、平山の所有物や生活習慣の一部として聞こえてくる点が特徴です。

[『PERFECT DAYS』公式サイト・音楽一覧](https://www.perfectdays-movie.jp/en/collection/)

平山が読む本

平山の生活には、音楽だけでなく読書も組み込まれています。
劇中では、主に次の本が登場します。

ウィリアム・フォークナー『野生の棕櫚』
1939年に発表された小説。二つの物語を交互に配置した構成で知られています。

幸田文『木』
木々を観察し、その姿や人間との関係を綴った随筆集。平山が木や木漏れ日を撮影する行動ともつながる選書です。

パトリシア・ハイスミス『11の物語』
短編集。劇中では収録作の一つ「すっぽん」が話題に上ります。ハイスミスは、ヴェンダース監督の『アメリカの友人』の原作となった『リプリーをまねた少年』の作者でもあります。

画面サイズと映像

本作のアスペクト比は1.33:1。現代の劇場映画としては横幅が狭く、ほぼ正方形に近い画面です。

撮影監督は、ヴェンダース作品にたびたび参加してきたフランツ・ラスティグ。
映画は縦方向に伸びる木々、平山の全身、公共トイレの建築、車内の限られた空間などを、この画面比率の中に収めています。

また、平山が撮影する木漏れ日の写真や、モノクロームで表現される夢の映像も繰り返し登場します。

役所広司の受賞と作品の評価

『PERFECT DAYS』は2023年、第76回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品されました。

主演の役所広司は、この作品で男優賞を受賞。日本人俳優の同賞受賞は、『誰も知らない』の柳楽優弥以来、19年ぶり2人目でした。

また、本作は同映画祭でエキュメニカル審査員賞も受賞しています。
[カンヌ国際映画祭・役所広司プロフィール](https://www.festival-cannes.com/en/p/koji-yakusho-2/)
[エキュメニカル審査員賞公式記録](https://www.inter-film.org/auszeichnungen/23232323/prize-ecumenical-jury-cannes-2023)

その後、日本代表として第96回アカデミー賞の国際長編映画賞に出品され、最終候補5作品の一つにノミネートされました。
[ヴィム・ヴェンダース公式サイト](https://www.wim-wenders.com/10451-2/)

第47回日本アカデミー賞では、

最優秀監督賞:ヴィム・ヴェンダース
最優秀主演男優賞:役所広司
の2部門で最優秀賞を受賞しています。
[日本アカデミー賞公式サイト](https://www.japan-academy-prize.jp/prizes/47.html)

個人的な感想

この映画は、それぞれのシーンから視聴者が独自に解釈したり、紐解いたりしていくパズルのような感覚も楽しめます。
シーンを注意深く見ることで、そしてセリフの一つ一つにとても重要な言葉がちりばめられており、
例えば、冒頭のシーンや、全体的に、平山は元受刑者かな?と解釈してしまうようなニュアンスがありました。
布団をたたむ仕草、そして異常なまでのルーティン、質素な暮らし。
そして、ニコと銭湯に言った際は、「10分後に」といって、「早いよ」と言われていますよね。
こういう細かい描写があらゆるところにちりばめられているんです。
ただ、この元受刑者というのは、監督は言及していません。
ヴェンダース監督は、役所広司のために書いた平山の人物設定について、裕福な家庭に生まれ、経済と法律を学び、実業家として成功したが、父親との確執や結婚生活の破綻を経験し、酒や薬物に依存して人生に絶望した人物だったと明かしています。
そこには服役歴は出てきません。

このようにちりばめられた解釈を私なりに整理してみました。

1.目覚まし時計を使わず、箒の音で起きる

映画の冒頭、平山は外から聞こえる竹箒の音によって目を覚まします。
これは単に早起きを示すだけでなく、

自然や街の音と生活が同期している
清掃する人の音で、別の清掃員が目覚める
人から見えにくい労働が、街の一日を始動させている
という構造になっています。

平山自身も公共トイレを清掃しますが、その仕事は利用者からほとんど意識されません。
冒頭の掃除の音は、見えない労働者同士の連鎖とも読めます。

2.玄関を出たとき、必ず空を見上げる

平山は朝、アパートから出ると空を見上げ、わずかに表情を緩めます。

同じような動作が何度か繰り返されますが、空の色や天候は毎回違います。
これは「同じ日課でも、同じ朝はない」という映画全体の構造を端的に示しています。

平山が確認しているのは時刻や天気だけではなく、
今日も世界が存在していること

なのかもしれません。

3.毎朝同じ缶コーヒーを買う

毎朝の缶コーヒーも、単なる習慣として見過ごせない描写です。
豪華な朝食ではありませんが、平山はそれを義務的に飲んでいるというより、一日の始まりの小さな儀式として受け取っています。

また、企画・プロデュースの柳井康治は、平山がストイックなブラックコーヒーではなく、甘いカフェオレを選んでいることに意外性を感じたと話しています。
つまり、平山は禁欲一辺倒の人物ではありません。
質素ではあるが、自分なりの小さな快楽を捨ててはいないのです。
[映画ナタリー・柳井康治×高崎卓馬インタビュー](https://natalie.mu/eiga/pp/perfectdays-movie)

4.ルーティンは刑罰か、それとも自由か

平山の生活は、一見すると非常に窮屈です。
しかしヴェンダース監督は、ルーティンを「人を縛るもの」とは逆に捉えています。

毎日の基本構造が決まっているからこそ、
今日はどのカセットを聴くか
木漏れ日が昨日とどう違うか
誰と出会うか
どんな本を読むか
という変化に注意を向けられる。

つまり平山の規律は、必ずしも刑務所的な拘束ではなく、余計な選択を減らすことで、現在を感じる余白を作る装置でもあります。

一方で、ニコの訪問によって寝床や朝の車内時間が崩れると、平山は明らかに戸惑います。
ルーティンは彼を自由にすると同時に、彼の心を守る防壁でもある。
この両義性が重要です。

5.平山は「汚れ」を落としながら、自分を立て直している

トイレ清掃は、汚れを取り除き、場所を元の状態へ戻す仕事です。

共同脚本の高崎卓馬は、平山が清掃を繰り返すことについて、彼の内面でも一種の「浄化」が行われているように感じると語っています。
過去に何があったかは作中では説明されません。しかし、
余計な物を持たない
毎日身体を洗う
トイレを徹底的に清掃する
部屋を整える
写真を選別する
という行為はすべて、世界と自分を定期的に整え直す行為としてつながっています。

6.迷子を助けても、母親からほとんど感謝されない

平山はトイレで迷子になった少年を見つけ、母親のもとまで連れていきます。
しかし母親は、清掃員である平山に十分な関心を向けません。

ここには、

清掃員が社会から透明な存在として扱われること
善意が必ずしも報酬や承認につながらないこと
それでも平山は少年を助けること
が描かれています。

平山の行動原理は、他人から褒められることではありません。
誰も見ていなくても必要なことをする。
これは彼の清掃の仕方とも一致します。

7.小さな苗木を持ち帰る

平山は神社の境内で、地面から生えた小さな苗を見つけ、持ち帰って育てます。

大きな木ではなく、その陰で十分な光を得られないかもしれない小さな命に目を向ける。
これは、社会から見過ごされやすい人々に対する平山の視線と重なります。

また、監督が用意した裏設定では、平山は人生に絶望していたとき、窓から入った木漏れ日に救われ、その後、庭師になった時期があったとされています。

したがって苗木は、

かつて救われた自分自身
再出発した人生
保護を必要とする小さな存在
平山が言葉にしない愛情
などの象徴として読めます。

8.同じ木を何度も撮影する

平山は昼休みに、ほぼ同じ場所から木漏れ日を撮影します。
被写体は同じ木ですが、光、風、葉の位置は毎回異なります。
ここにも、
同じように見える一日は、本当は一度しか存在しない
という考えが表れています。

さらに重要なのは、デジタルカメラではなくフィルムカメラを使っていることです。
その場ですぐ写真を確認できず、現像するまで時間差がある。
平山は、撮影した瞬間を即座に消費せず、記憶が熟成する時間を受け入れています。

9.写真を残すものと捨てるものに分ける

現像された写真を、平山は一枚ずつ確認し、残すものと破棄するものに分けます。
これは単なる写真の選別であると同時に、

記憶を整理する
何を人生に残すか決める
美しいものをすべて所有しようとはしない
完璧な一枚ではなく、自分が感じた瞬間を選ぶ
という行為にも見えます。

気に入った写真も壁に飾って他人に見せるのではなく、箱にしまいます。
写真は自己表現や承認獲得のためではなく、平山だけが知る時間の記録なのです。

10.トイレに隠された三目並べ

清掃中に見つけた紙の三目並べを通じて、平山は顔も名前も知らない誰かとゲームを続けます。

ここでは、相手の素性を知ることも、直接会うことも必要ありません。

平山は孤独に暮らしていますが、他者との接触を完全に拒否しているわけではない。
むしろ、深く踏み込みすぎず、それでも確かに誰かとつながる

という距離を好んでいるように見えます。
また、ゲームが終われば紙は回収され、関係も消える。
永続性を求めない点も、「今は今」という考え方に通じます。

11.カセットテープは、過去を再生する装置

平山にとってカセットテープは、単なる古い音楽メディアではありません。

カセットは、

収録順を簡単には飛び越せない
巻き戻しと早送りに時間がかかる
音が物理的に劣化する
一本ごとに選曲と記憶が結び付く
という特徴があります。

平山は過去を語りませんが、昔から持っているカセットを繰り返し再生しています。
言葉では封印した過去を、音楽としてだけ現在に持ち込んでいるとも読めます。

アヤがカセットにキスする場面も、物としての音楽だから成立する接触です。
ストリーミングのデータにはキスできません。

12.カセットに高値がついても売らない

平山のカセットに中古品として高い値段がつくと、タカシは売却を勧めます。
しかし平山にとって、それは市場価格に置き換えられる物ではありません。

この場面には、タカシにとっての音楽=換金可能な商品
平山にとっての音楽=時間と記憶を保存した私物
という対比があります。

平山は貧しいように見えますが、価値の基準を金銭に委ねていません。
この点では、彼は「何も持っていない」のではなく、何を手放さないかを明確に決めている人物です。

13.Spotifyを「店」だと思う

ニコがSpotifyについて話した際、平山はそれを実在する店のように受け取ります。
これは単なる世代差の笑いですが、同時に、二人が違う時間を生きていることも示しています。

ニコの音楽は、ネットワーク上のほぼ無限の楽曲へ接続されています。
一方、平山の音楽世界は、手元にある限られたカセットによって構成されています。

どちらが優れているというより、

何にでもアクセスできる世界
限られたものを繰り返し聴く世界
の対比です。

14.「たくさんの世界」という台詞

平山はニコに、

この世界には、本当はたくさんの世界がある。
つながっているように見えても、つながっていない世界がある。

という趣旨のことを話します。

これは母親とニコの関係についての説明ですが、平山自身の人生にも当てはまります。

平山と妹は兄妹としてつながっている。しかし、

妹は運転手付きの高級車で迎えに来る
平山は古いアパートで一人暮らしをしている
妹は兄が本当にトイレ清掃をしていることに驚く
父親との関係も断絶している
二人は同じ家族に生まれながら、すでに異なる世界に属しています。

この台詞は人生哲学である一方、家族と和解できない自分を納得させるための説明でもあるのかもしれません。

15.妹の「本当にトイレを掃除しているの?」という反応

妹の反応からは、平山がもともと現在とは異なる社会階層にいたことが推測できます。

彼女が驚いているのは、清掃員という職業そのものより、あの兄が、なぜその仕事を選んだのかという点でしょう。

監督が書いた裏設定でも、平山は裕福な家庭で育ち、実業家として成功した人物とされています。
したがって現在の生活は、能力がなくて転落した結果というより、以前の人生を自ら捨て、別の価値体系へ移った結果と考えられます。

16.妹を見送ったあと、一人で泣く

平山は妹の前では感情を大きく表しません。
しかし車が去ったあと、抑えていた感情をあふれさせます。

この場面によって、それまでの穏やかな生活の見え方が変わります。

平山は感情が薄いのではありません。
むしろ強い感情を持っているからこそ、それを日々の秩序の中へ収めている。
彼の静けさは、生来の無欲というより、痛みを経験した人が身につけた静けさなのかもしれません。

17.「今度は今度、今は今」

この言葉は現在を大切にする哲学ですが、同時に、未来の約束を具体化しない言葉でもあります。

平山は「海へ行かない」とは言いません。しかし「いつ行くか」も約束しません。

したがって、

今を生きる知恵
未来を支配しようとしない態度
人と深く約束することへの恐れ
別れが来ることを知っている人の言葉
という複数の意味が重なります。

その直後、ニコが言葉に節をつけ、平山も一緒に歌います。
監督はこの場面について、平山がニコに教えた直後、今度はニコから「遊び方」を教わっていると説明しています。
平山の哲学が、ニコによって歌へ変えられるわけです。

18.ニコが平山の動作を真似る

ニコは平山と過ごすうちに、写真を撮ることや仕事の仕方に関心を持ち始めます。
ここでは平山が言葉で人生を教えるのではなく、所作がそのまま伝わっています。
これは職人の世界に近い構造です。

説明ではなく、隣にいて、同じ動作をすることで理解する。

平山のルーティンは一人だけの閉鎖的なものに見えましたが、ニコが参加したことで、他者と共有できるものへ変化します。

19.本屋の女性との短い会話

古本屋の女性は、平山が買う本について、毎回短いコメントをします。
二人は私生活を語り合うわけではありません。
しかし、平山が本を選び、店員が一言を添えることで、簡潔な交流が成立しています。

三目並べと同じく、平山が求めているのは必ずしも深い人間関係ではありません。
彼は、互いの境界を侵害しない、小さなつながりを大切にしています。

20.平山が読む三冊の本

幸田文『木』
木を見ること、育てること、木漏れ日を撮ることと直接結び付きます。

フォークナー『野生の棕櫚』
二つの異なる物語が交互に進む小説です。「つながっているようで、つながっていない複数の世界」という台詞と響き合います。

パトリシア・ハイスミス『11の物語』
劇中で話題になる「すっぽん」は、親子関係や家庭内の残酷さを含む物語です。平山自身の父親との確執を考えると、無関係な選書とは思えません。

ただし、本の内容と平山の過去を一対一で対応させるより、言葉にされない内面を、本が間接的に語っていると見るほうが自然です。

21.音楽が、平山に代わって話している

平山はほとんど自分の感情を語りません。その代わり、選曲が彼の内面を補っています。

例えば、

The Animals「The House of the Rising Sun」
――破滅、依存、取り返せない人生
Patti Smith「Redondo Beach」
――喧嘩、失踪、死、後悔
Lou Reed「Perfect Day」
――幸福な一日と、その背後にある曖昧さ
Nina Simone「Feeling Good」
――新しい朝、再生、解放
というテーマを含んでいます。

監督が用意した裏設定では、平山は過去に酒や薬物に依存し、自死を考えるほど絶望していました。
そう考えると、選曲は懐かしい名曲の集合ではなく、平山が言葉にしない自伝のようにも聞こえます。

22.夢の場面は、現実ほど整っていない

平山の日中の生活は整然としていますが、眠りに入ると、木、光、人影、その日に見たものがモノクロームで重なります。

夢には明確な物語も秩序もありません。

これは、平山が日中は感情を制御していても、無意識の中では、

過去
欲望
不安
記憶
その日に受けた刺激
が混ざり合っていることを示します。

つまりルーティンによって人生が完全に解決したわけではありません。昼間に整えたものが、夜になると再び揺らぎ始めるのです。

23.ホームレスの男性と木

田中泯が演じる男性は、公園の木と向き合い、踊るような動きを見せます。

彼が何者なのかは説明されず、周囲の人々もほとんど注意を払いません。しかし平山だけは彼を見ています。

二人には、

社会から見えにくい
多くを語らない
木に特別な感覚を持っている
都市の中に自分だけの時間を持つ
という共通点があります。

この男性は、平山の別の可能性、あるいは平山の内面を身体化した存在のようにも見えます。

24.ママと友山を見て、平山は一度誤解する

平山はママと友山が抱き合うところを見て動揺します。
しかし、その後の会話によって、友山がママの元夫であり、病気を抱えていることを知ります。

ここで示されるのは、

注意深く世界を見ている平山でさえ、見ただけでは他人の事情を理解できない

ということです。

観客もまた、平山の生活を見て「幸せな人」「悟った人」「元受刑者」などと解釈しますよね。
しかし、見えている断片だけでは、その人の人生全体は分からない。
これは映画そのものの鑑賞方法に関する場面ともいえます。

25.「影は重なると濃くなるのか」

友山は平山に、影を重ねると濃くなるのかと尋ねます。
その後、二人は実際に影を重ね、子どものように影踏みを始めます。

影を過去の痛みや死の予感と考えるなら、二人の悲しみが重なると、さらに暗くなるのか
痛みを共有すると、苦しみは増えるのか
それとも誰かと共有することで軽くなるのか
という問いになります。

答えを言葉で出さず、最後は遊びになるのが重要です。
二人は死や後悔を解決できません。
しかし、影を使って一緒に遊ぶことはできる。

つまり、人生の暗さを消すことはできなくても、それを誰かと共有し、一瞬だけ遊びに変えることはできるという場面として読めます。

26.公共トイレは「公共」と「孤独」が交差する場所

トイレは誰もが利用する公共空間ですが、使用するときは個室に入り、一人になります。

つまり、

誰にでも必要な場所
極めて私的な行為をする場所
他人と直接関わらない場所
清掃員の労働によって維持される場所
です。

これは平山自身にも似ています。彼は社会の一部として他人の生活を支えていますが、基本的には一人で生きています。人々とつながりながら、つながりすぎない場所として、トイレと平山の生き方が重なります。

27.ラストの笑顔と涙

ラストで平山は、ニーナ・シモンの「Feeling Good」を聴きながら、笑い、泣き、また笑います。

この表情は「平山は幸せだ」「実は不幸だった」という一つの答えには収まりません。

監督は役所広司に、

妹とニコのこと
前夜に会った、死を意識する友山のこと
自分は現在の人生を選んで正しかったのか
それでも今の生活を続けていくこと
が平山の中を通過している、と説明したそうです。

したがって、あの顔は幸福か悲しみかのどちらかではなく、

幸福と悲しみ、後悔と肯定、孤独と自由が同時に存在する顔

だと考えられます。

木漏れ日も、光だけでは成立しません。葉が光を遮り、影を作ることで初めて木漏れ日になる。ラストの平山の顔にも、光と影が同時に存在しています。

まとめ

『PERFECT DAYS』は、東京で公共トイレの清掃員として働く一人の男性を中心に、仕事、音楽、読書、写真、食事、植物、そして人との出会いを描いた映画です。

ヴィム・ヴェンダースと高崎卓馬による脚本、フランツ・ラスティグの撮影、劇中に組み込まれたカセットテープの音楽、そして役所広司を中心とする俳優陣によって、平山の数日間が構成されています。

また、忘れてはいけないのが、ライト、カラーなど含めたその映像技術の高さにあります。
みなさんはこの映画からどんな芸術を受け取りましたか?

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